介護

2011年8月13日 (土)

初めてのお薬

仕事中にイチ先生から電話があり。  8月12日。

血液検査の結果、白血球の数値が少々高いので、

そのせいで、のどの炎症が治りにくいのかも?といことで、

ジスロマックというお薬を処方するので、処方箋を取りに来て欲しいとのこと。

早々の対応ありがとうございます。

帰りに早速Iクリニックの外来受付で処方箋をおただき薬を買って帰った。

内容を説明して、飲ませてみた。

その夜、親父は前日とは違いだいぶ楽そうだった。

良かったぁ♪

Shiro_3

訪問診療--1回目

8月11日

初めての訪問診療。

Iクリニックのイチ先生来訪。

この方も、母さんの時に最後を看取っていただいた先生。

今回、親父に関わる介護関係者のほとんどが、母さんの時にお世話になった方ばかりです。

曲者の親父を知ってる方たちなので、みなさん扱い方に慣れてらっしゃるので(笑)助かっています。

問診から血圧血液検査などスムーズにやってる間に、看護師さんと契約を交わし、生活スタイルを説明などして40分くらいで終了。

最後にイチ先生から確認事項が・・・

「最期をどのように迎えたいか」

まだ命に関わるような状況ではないけれど、訪問診療を開始するときには、

必ず考えなくてはならないことである。

母さんのとき、親父の考えはわかっていたので、今回も同じように答えた。

「最期は苦しまず、穏やかに自宅で迎えさせたい」と。

最期のそのときまで笑顔でいたいと思います。

診察後、今現在の身体の様子を知りたいので、レントゲンやCTを撮りたいと言われたので、先生たちが帰ったあと、支度をして親父をIクリニックの外来へ連れて行った。

飲み物と、保冷財入り首巻と日傘を持って(笑)

ここんとこの暑さは半端ないので、短時間の外出でも気をつけないとね。

イチ先生からの指示で、ちゃちゃっと検査が進んで、モノの30分くらいで終了。

家から10分程度の場所にあるIクリニック。

計1時間もかからない外出だったけど、かなりお疲れモードの親父。

早々に家に帰って寝かせる。

さて、私はこれからお仕事。

がんばんべぇ~

Shiro_2

2011年8月 6日 (土)

再開することになろうとは・・・

2009年5月以降、アメブロさんに移ったりあれやこれやと過ごしてきたけれど

とうとう、親父も介護を受けることになり、この母さんのブログに続けて書くこととしました。

母さんの時とは違い、かなり手強そうな親父介護(--;

とりあえず、覚書として・・・

2011/8/1

ここ2~3日体調が思わしくなく、食欲魔人だった親父@80才の食欲がガタッと落ちた。

食べられなくなると一気に変化が現れ、足に力が入らなくなり、歩けなくなる。

自分の身体を過信しすぎてる親父は、そんな状態でも歩こうとする。

手の震えがひどく、お茶も飲めず、ストローですする。

いつも診てもらってる近所のお医者さんに往診を依頼。

診断の結果は夏風邪。

抗生物質と痰切りの薬を処方してもらう(咳止めは市販の漢方を昔から飲んでるので出ず)

その日の内に以前母さんの時にお世話になったケアマネさんに連絡し、親父の状態を説明し、担当してもらえないか打診。

所長さんの了解も得て契約の運びとなる。

介護認定は以前から受けていたので、即契約できた。

親父の介護度は2。

2011年8/3 ケアマネさんと契約

      普段から歩くことに不安があるので、そう相談すると歩行器を勧められて、早速親父を説得。

      いちいち説得しなくてはならんめんどっちぃ性格の親父。

      人の言うこと(特に身内)には耳を貸さず、自分の考えが一番!な親父。

      先が思いやられます・・・

      まずは、この歩行器のレンタルと、訪問診療の依頼。

      咽頭がん、腰ヘルニア、大腸がん、高血圧、圧迫骨折等、いろいろある病歴。

      ここへ来て認知や手足の振るえなど老人性の症状もあるので、やはり定期的に診てもらいたい。

      訪問診療の後は、たぶん訪問看護にも入ってもらうことになるでしょう。

      入浴介助も私としてはお願いしたいところだが、他人に触れられることが大嫌いな親父には少々難問だ。

      しばらく様子見をして行こうと思う。

8/6 歩行器が届けられた。

   最初、そんなもんいらん!と言ってたが、物を見て使ってみて大満足!

   数秒後「こりゃーいい!」だと・・・なんちゅー親父や。

   そんなこんなで、一人でも家の中を移動できることが嬉しくてしょうがないらしい(笑

   あとは体調が戻ったら少し落ち着くかな?

しばらくは、いろいろな契約やらなんやらでバタバタするけど、がんばんべー!

2009年5月 5日 (火)

先日テレビで放映されてた『象の背中』を観て、母さんも自分の余命を知っていたら…

と、考えてしまいました。

まだまだ、私たちに言いたいこと、伝えたいこと、いっぱいあったんだろうな…

母が亡くなって18日が経ちました。
初七日までは、時間がが過ぎるのもあっという間で日にちの感覚が無く、その後の1週間も、色んな手続きに追われていて泣く事もなく過ごしていました。
それなのに、この連休になって、ポッカリ時間が空いたとたん、何でもないときに、急に母の顔が浮かび、気づかない内に涙が溢れてしまいます。

9日に、四十九日法要の打合せがあり、お寺に行って、仏壇も見に行きます。
お骨の一部で、手元供養の品も作ってもらうつもりです。
何かすることか゛あった方が、気が紛れて良いのかもしれませんね。

今日は、携帯からの更新なので、コメントのお返事は後日させていただきます。

2009年4月25日 (土)

宣告と決意・・・その3・・・そして最期

去る4月17日、母は亡くなりました。

初七日を迎え少し落ちついてきました。

きちんと最後まで書いておきたいと思ったので、続きを書きます。




*************************






ichi先生からの電話は、酸素を導入した方が良いだろうということでした。

この2日間の様子から、数ヶ月と言われた余命が今月いっぱいもつかどうかの状態であるという。



ショックでした。

この時から頭の中がパニックになってました。

とにかく酸素を早急に手配してもらうことにして電話を切ったけど、動揺は収まらず。




実姉に聞いてもらいたいけど、仕事中だし・・・

携帯を握り締め、更衣室に行って北国にいるおばちゃんに電話した。

ひとしきり泣きながら話を聞いてもらい、少しずつ自分を取り戻した。




夕方までなんとか仕事して家に戻り父さんに今日のichi先生の話を伝えた。



翌日酸素が届き早速母さんに装着。

鬱陶しそうだけど、呼吸はいくらか楽になってる様子だった。

この頃、もうあまり声をだせない状況だったけど、母さんはうなずいたり手をあげたりして良いかどうか意思表示をしてくれていました。




その晩、実姉と姪っ子2号が泊まってくれ、私と実姉が母さんの横にひとつの布団で寝た。


酸素チューブを装着してても、やはり苦しそうだったので、夜中3時くらいまで手を握りながら子供を寝かしつけるように肩口をポンポンたたきながら母さんの様子を見ていました。

何度か目を覚まし、豆電球の中、目をキョロキョロさせて部屋を見回す母さん。



1時過ぎくらいに父さんが起きてきて母さんの足をさすり、少しして寝なおし。




翌朝も、苦しそうながらも起きて、「おはよう」と声をかけると、にっこりして私の顔を見てました。

姪っ子2号が仕事に出かけるので「行ってくるねー」と声をかけると、「いってらっしゃーい」と声を出して見送った。


おはよーも言えなかったのに、孫には声をかけるのかいっ(笑)





10時過ぎ、実姉が母さんのそばにいるとお腹が苦しいと訴え始めた。

あまりにも苦しそうなので、心配になりichi先生に電話。

電話を切ってベッド脇に行き母さんのお腹をさすってると、排便したい言う。

オムツのままでしていいんだよー。終わったら綺麗にしてあげるからね~♪と言い、お腹をさすってるとすぐに出た様子。

それでお腹の痛みが無くなったようで少し元気になり、実姉と手分けしながら汚れ物を片付けて新しいオムツをあてるともう少し出るかもしれないという。

いいよ~。何度でもしていいよ~と答え父さんと交代し。

父さんが「おー、がんばれー、たくさん出せー」と笑いながら励ましていた。




片づけをしてると、母さんの部屋から父さんが、「おいっ!息してないぞっ!」と。




慌てて母さんの所へ行き、母さんの様子を見ると確かに息が止まっています。

胸を強くたたきながら姉に脈を取ってもらい、聴診器で心音を聞きつつ心臓マッサージを続けた・・・

途中で姉がichi先生の所へ電話をし、すぐに来てもらうことにして母さんのそばでマッサージを続けていました。

3度息を吸い込む感じで口を開けたけど、呼吸は戻らず・・・

脈がスーっと消え、心音も消えその時が来ました。





4月17日午前11時35分





その後10分くらいしてkon看護士さんが到着(ichi先生は往診中で後から駆けつけてくれることになってました)。

父さんが今から救急車を呼んで処置してもらっても戻らないかどうか質問。

kon看護士さんは、今から処置をしても可能性は薄いこと。

もし戻ったとしても、更に母さんの体をいじめる結果になることなど親切丁寧に、ハッキリと諭してくれた。

更に10分後ichi先生到着。

私たちを気遣いつつ、母さんの瞳孔や体音などの確認をし、午後12時15分死亡確認。




先生の話だと、2度目の排便の際、息んだときに血圧が急激に変化してしまったのではないかとのことだった。





母さんの最期は、苦しがる様子も無くとても穏やかに静かに逝きました。

父さんと娘二人に見守られて母さんは幸せだったでしょうか。








今後、このブログは母さんの葬儀の様子や思い出を織り交ぜつつ、父さんの様子を書いていこうと思っています。

ア○ちゃん、背中を押してくれてありがとうconfident



2009年4月16日 (木)

宣告と決意・・・その2

自宅に戻った母さんはぐったりと疲れた様子だったけど、無事家にもどれたことが嬉しそうです。



病院ではベッドから降りるとすぐに車椅子で1~2歩しか歩く機会がなかったけど、家の戻ったとたん、歩く気力いっぱいで、父さんが用意していた介助用車椅子に座ることなく私に捕まりながらトイレまで歩いていきました。

自分で「不思議ねぇ~、病院じゃ歩行器を使ってもこんなに歩けなかったのに、家だと歩けるわー」って言ってました(笑)

精神的なものかしらね?



夜になり、呼吸が苦しそうな様子で、痰が絡むのか喉がヒューヒュー鳴っている。

8時過ぎ、点滴液がなくなったので、ルート(点滴の管)を外しフラッシュ(ポート内の洗浄のようなもの)をして就寝。



夜中中喉が鳴って苦しそうだったけど、翌朝は元気にお目覚め♪

朝ごはんに起きて、歯を磨き顔を熱いタオルで拭いてさっぱりしたら、ゴホンッ!と痰が出た。

痰が取れたら少し楽になったようで、ベッドに戻ってから笑顔で父さんと私の顔を見ながらニコニコhappy01

「帰ってこられて良かった~♪」ってhappy02

この笑顔を見られて連れて帰ってきて良かった!と改めて思いました。



12日の深夜12時過ぎ、急な激痛でうめき声が聞こえて驚くも、オプソを飲んでお腹をさすっていたら落ち着いてきて再び眠った。

こんなに強く痛みを訴えたのは初めてだったので驚いたけど、その後はいつもと同じ様子でした。





それから2日後、訪問診療の開始です。

ichi先生とkon看護士のお二人が担当です。

全身の様子から私のした点滴の装着の具合などいろいろチェックし、採血もしました。

浮腫みにより、動脈さえも見つけにくい状態。

ichi先生はベッドの上にのぼり慎重に針をさしてくれました。



1時間ほど母さんの様子を見て、今後の処方箋を書いてもらい診察終了。

次回は1週間後です。





翌日、今度は訪問看護士さんが来訪。

taka看護士さんがメインの担当。

痰がきになるので、前日ichi先生に話してあったため、吸引機を持ってきてくださったが、やはり朝の食事の際、痰が出たのでtaka看護士さんが来たときにはそんなに苦しがってないのでやりませんでした。

一応私ができるようやり方のみ説明してもらいました。

次回実践してみましょうと言うことになったが、taka看護士さんが本日の母さんの様子をichi先生に報告したところ事態は変わりました。





昨日のichi先生の診察時から一夜あけたこの日。

前日よりも呼吸数が少なくなり、昨日より状態は悪くなっていたらしい。

taka看護士さんが帰ったあと数時間して午後ichi先生から私に電話が入った。





まだまだ続くので、続きはまた後日(^^;)

どうも文章がまとまらなくて長くなってしまいます。



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2009年4月13日 (月)

宣告と決意

母さんは無事退院しました。

私も覚悟が決まったのでここに書き残しておこうと思います。

入院し栄養剤の点滴を毎日し、痛み止めのパッチ(3日ごと)と飲み薬(ロキソニン)そして頓服でオプソ10ml使用して2週間。

途中アルブミンを3日ほど点滴した。

2週目くらいからラシックスを1錠追加。

4/9(金曜日)先生と看護士、ソーシャルワーカーとケアマネさんの5人で今後のことについて話し合い。

父は、私に任せるということで参加せず。(母さん命の父には、つらすぎる話し合いだと私も思っていたので不参加には意義を唱えませんでした。)

そして、先生より、今以上の回復はもう無理なこと。

余命がそう長くないであろうこと。

終末期に向け今後家族としてどのようにしていきたいか。

そういった話であった。

父とは以前から最後は家で過ごさせてあげたい。

本人が苦しむだけの延命治療はしないこと。

この2点について、以前から話をしていました。




なので、先生の終末期に向けての質問に、私は家で最期を看取りたいと言いました。

そこから在宅での介護について、簡単な医療行為を私が習得し、訪問診療及び訪問看護を受けることなどが説明され、みなさんに指導いただき先週末の退院の運びとなりました。

一人で立つこともままならない母。

利尿剤等の効果も薄く入院2週目の真ん中あたりから浮腫みが出始め、退院前日看護士さんがシャワーでさっぱりさせてくれたときに見た母の体は全身が浮腫み紙パンツですらきつくなっていた。

我が家に帰るには5階までの階段がある。



退院当日になっても階段上れないよー、帰れないよーと心配する母に、ちゃんと階段を上ってくれる機械のイスを用意してもらったからなーんも心配ないよ~と笑顔で答える。

実は退院3日前ケアマネさんが必死で探してくださり、ヘルパーさん付き階段昇降機を用意してもらえたのです。

退院当日、駆けつけてくれた姉と、在宅で使用する点滴の薬を含め道具一式を渡され荷造りをして病院を後にする。

早めに自宅の駐車場に着いたので、荷物を運んでる間に父と母には散歩しててもらい姉と二人で荷物の運び込みをした。

昇降機が来るまでの15分くらい、桜並木を散策しながら桜吹雪に目を細める母さんをビデオに写した。

時間になりいよいよ階段昇降だ。

緊張して車椅子から乗り移った母さん、怖い顔になってますよangry

後ろ向きに上るので、後からついていく私たちの顔を見ながらゆっくり上っていきます。

時にはピースサインまでだして(笑)

長くなるので、帰宅後のことについてはまた後日・・・


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2009年3月31日 (火)

やっかいな問題勃発か?

このところ父さんの様子が変だ。

術後の体調がイマイチなのはわかってるつもりだが、そういった肉体的な問題ではなく精神的な部分での様子が変。

体調が良くないので、気力が湧かず思い通りにならないことにイライラし、考え込むというようなことが続いているようだ。

そうこうしてる内に、私の態度や言葉遣い挙句は生活費の使い方にまで猜疑心が湧いてくるようで、週に1度来てくれる実姉にそういったことを訴えかけるようになってきた。

母さんのことは父さんももちろん心配しているけれど、私が母さんのことばかりに手をかけているように見えてしまい、自分のことを考えてもらってないと思い込んでる節がある。

物忘れというか、記憶障害というものなのか、自分で言ったことをすぐに忘れたり、何度も同じことを聞くようになってきた。




うーん、母さんより早くボケちゃうかもぉwobbly

それはかなりやっかいだ。

何か刺激を与えて脳の活性化を図らねばならん。


今週末はお天気悪そうだけど、良いお天気になってくれたら散歩にでも連れ出そうかな。



おーい、孫1号2号よ、じーちゃんを元気付けに来てくれんかのぉ?




追記:昨日書いた点滴の問題は解決しました。

在宅で点滴する場合ポンプを使用するらしく、そのポンプだと持ち歩きに高くしなくても自動的に流れが止まるので、ベッドに横になり元の位置に戻せば勝手に再開してくれるらしい。

なので、移動時は点滴の袋を私が首に提げて持ち歩きますわ。

また肩こりの原因が増えるけど(笑)


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2009年3月30日 (月)

在宅介護に向けて

この日曜日から在宅での点滴指導が始まった。

ワクチンの注射の時もそうだったが、人の肌に針を刺すというのは、やはりかなり抵抗がある。

でも、私がやらなくちゃ誰もやってくれない。

いや、訪問看護の方にやってもらうことはできるけど、毎日となるとその費用は馬鹿にならない。

母さん本人も私がやることには抵抗が無く、逆に安心して任せられると言っている。

そうまで言われちゃやらないわけにいかない。



とにかく実践あるのみ!

ってことで、日曜と今日朝一番で病院に行き、看護士さんから指導を受けています。(明日からも毎日の予定)



我が家に帰ってきてからの、点滴の袋を提げて移動できる方法を考えないといけないなー。

ベッドに寝てるときなら天井からぶら下げておけばいいけど、トイレとか行くときに手をひきながら点滴を高く持ってなんて無理だものね。

伸縮棒を改造して点滴の袋をぶら下げるようにし、竹刀入れみたいので、背負って歩くか・・・



なんか良い案ないっすか?



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2009年3月27日 (金)

入院後の様子

入院した翌日、母さん自身ホッとしたのか痛みが弱まったと言っていた。

でも、栄養剤とビタミンの点滴をしただけで、まだ疼痛対策は何もしていないんですよー(^^;

その翌日夕方より痛み止め効果のあるパッチを太ももにペッタン

パッチとは、36時間ごとに張り替えるシールみたいなものに薬が塗布されているものだ。

成分についてはまだ詳しく調べてないので、これから調べてみようと思う。

点滴とパッチを貼ること以外特に検査をするでもなく約1週間経過。

2度目のパッチ交換の際、薬の量が少し増やしたものを貼ったら、翌日からそれまでより痛み方が弱くなったようだ。

家にいるときに飲んでたオプソを飲まなくても耐えられるくらいになったと言う。

しかし、昨日は痛みが強く感じてオプソを飲んだらしい。

その日その日で違うようだが、なんとかそのパッチだけで治まるようになってくれたらいいのになぁ。

あとは痛み以外の様子だけど、1日中点滴の管がくっついてるのもあるが、寝てばかりいるcoldsweats01

少しでも歩くようにして欲しいので、今朝看護士さんに歩行訓練をお願いしてきました。

本人はやりたくないみたいだけど(笑)

退院後、家に帰るには階段を上らなくてはならないんだからがんばってもらわねばね!

点滴は基本的に栄養補給が目的で、朝9時から夜の9時までつなぎっぱ。

排尿排便はかなり改善されてるかも。

ただ、浮腫みがまだ残ってるのが気になるけど・・・

夜中もトイレに起きることが3回くらいあるらしい。

点滴しててその頻度じゃまだまだなのかなぁ。

あと、薬のせいか、脳が活動を休んでしまうのかわからないが、時折ホケーっと視線があらぬ方向を向いており、話しかけても反応のないときがある。

一瞬焦るけど、「おーい、ミニョの顔みれー」と笑いながら話しかけ、こちらに意識を向けさせると、にわかに表情が明るくなるときもあるが、そのまま呆けた状態が続くときもあるので、声かけは重要任務。

しかし反応が無いのって、めっさ焦るsweat01

いつも笑顔を見せてくれると良いんだけどなぁ~

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