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2009年4月

2009年4月25日 (土)

宣告と決意・・・その3・・・そして最期

去る4月17日、母は亡くなりました。

初七日を迎え少し落ちついてきました。

きちんと最後まで書いておきたいと思ったので、続きを書きます。




*************************






ichi先生からの電話は、酸素を導入した方が良いだろうということでした。

この2日間の様子から、数ヶ月と言われた余命が今月いっぱいもつかどうかの状態であるという。



ショックでした。

この時から頭の中がパニックになってました。

とにかく酸素を早急に手配してもらうことにして電話を切ったけど、動揺は収まらず。




実姉に聞いてもらいたいけど、仕事中だし・・・

携帯を握り締め、更衣室に行って北国にいるおばちゃんに電話した。

ひとしきり泣きながら話を聞いてもらい、少しずつ自分を取り戻した。




夕方までなんとか仕事して家に戻り父さんに今日のichi先生の話を伝えた。



翌日酸素が届き早速母さんに装着。

鬱陶しそうだけど、呼吸はいくらか楽になってる様子だった。

この頃、もうあまり声をだせない状況だったけど、母さんはうなずいたり手をあげたりして良いかどうか意思表示をしてくれていました。




その晩、実姉と姪っ子2号が泊まってくれ、私と実姉が母さんの横にひとつの布団で寝た。


酸素チューブを装着してても、やはり苦しそうだったので、夜中3時くらいまで手を握りながら子供を寝かしつけるように肩口をポンポンたたきながら母さんの様子を見ていました。

何度か目を覚まし、豆電球の中、目をキョロキョロさせて部屋を見回す母さん。



1時過ぎくらいに父さんが起きてきて母さんの足をさすり、少しして寝なおし。




翌朝も、苦しそうながらも起きて、「おはよう」と声をかけると、にっこりして私の顔を見てました。

姪っ子2号が仕事に出かけるので「行ってくるねー」と声をかけると、「いってらっしゃーい」と声を出して見送った。


おはよーも言えなかったのに、孫には声をかけるのかいっ(笑)





10時過ぎ、実姉が母さんのそばにいるとお腹が苦しいと訴え始めた。

あまりにも苦しそうなので、心配になりichi先生に電話。

電話を切ってベッド脇に行き母さんのお腹をさすってると、排便したい言う。

オムツのままでしていいんだよー。終わったら綺麗にしてあげるからね~♪と言い、お腹をさすってるとすぐに出た様子。

それでお腹の痛みが無くなったようで少し元気になり、実姉と手分けしながら汚れ物を片付けて新しいオムツをあてるともう少し出るかもしれないという。

いいよ~。何度でもしていいよ~と答え父さんと交代し。

父さんが「おー、がんばれー、たくさん出せー」と笑いながら励ましていた。




片づけをしてると、母さんの部屋から父さんが、「おいっ!息してないぞっ!」と。




慌てて母さんの所へ行き、母さんの様子を見ると確かに息が止まっています。

胸を強くたたきながら姉に脈を取ってもらい、聴診器で心音を聞きつつ心臓マッサージを続けた・・・

途中で姉がichi先生の所へ電話をし、すぐに来てもらうことにして母さんのそばでマッサージを続けていました。

3度息を吸い込む感じで口を開けたけど、呼吸は戻らず・・・

脈がスーっと消え、心音も消えその時が来ました。





4月17日午前11時35分





その後10分くらいしてkon看護士さんが到着(ichi先生は往診中で後から駆けつけてくれることになってました)。

父さんが今から救急車を呼んで処置してもらっても戻らないかどうか質問。

kon看護士さんは、今から処置をしても可能性は薄いこと。

もし戻ったとしても、更に母さんの体をいじめる結果になることなど親切丁寧に、ハッキリと諭してくれた。

更に10分後ichi先生到着。

私たちを気遣いつつ、母さんの瞳孔や体音などの確認をし、午後12時15分死亡確認。




先生の話だと、2度目の排便の際、息んだときに血圧が急激に変化してしまったのではないかとのことだった。





母さんの最期は、苦しがる様子も無くとても穏やかに静かに逝きました。

父さんと娘二人に見守られて母さんは幸せだったでしょうか。








今後、このブログは母さんの葬儀の様子や思い出を織り交ぜつつ、父さんの様子を書いていこうと思っています。

ア○ちゃん、背中を押してくれてありがとうconfident



2009年4月16日 (木)

宣告と決意・・・その2

自宅に戻った母さんはぐったりと疲れた様子だったけど、無事家にもどれたことが嬉しそうです。



病院ではベッドから降りるとすぐに車椅子で1~2歩しか歩く機会がなかったけど、家の戻ったとたん、歩く気力いっぱいで、父さんが用意していた介助用車椅子に座ることなく私に捕まりながらトイレまで歩いていきました。

自分で「不思議ねぇ~、病院じゃ歩行器を使ってもこんなに歩けなかったのに、家だと歩けるわー」って言ってました(笑)

精神的なものかしらね?



夜になり、呼吸が苦しそうな様子で、痰が絡むのか喉がヒューヒュー鳴っている。

8時過ぎ、点滴液がなくなったので、ルート(点滴の管)を外しフラッシュ(ポート内の洗浄のようなもの)をして就寝。



夜中中喉が鳴って苦しそうだったけど、翌朝は元気にお目覚め♪

朝ごはんに起きて、歯を磨き顔を熱いタオルで拭いてさっぱりしたら、ゴホンッ!と痰が出た。

痰が取れたら少し楽になったようで、ベッドに戻ってから笑顔で父さんと私の顔を見ながらニコニコhappy01

「帰ってこられて良かった~♪」ってhappy02

この笑顔を見られて連れて帰ってきて良かった!と改めて思いました。



12日の深夜12時過ぎ、急な激痛でうめき声が聞こえて驚くも、オプソを飲んでお腹をさすっていたら落ち着いてきて再び眠った。

こんなに強く痛みを訴えたのは初めてだったので驚いたけど、その後はいつもと同じ様子でした。





それから2日後、訪問診療の開始です。

ichi先生とkon看護士のお二人が担当です。

全身の様子から私のした点滴の装着の具合などいろいろチェックし、採血もしました。

浮腫みにより、動脈さえも見つけにくい状態。

ichi先生はベッドの上にのぼり慎重に針をさしてくれました。



1時間ほど母さんの様子を見て、今後の処方箋を書いてもらい診察終了。

次回は1週間後です。





翌日、今度は訪問看護士さんが来訪。

taka看護士さんがメインの担当。

痰がきになるので、前日ichi先生に話してあったため、吸引機を持ってきてくださったが、やはり朝の食事の際、痰が出たのでtaka看護士さんが来たときにはそんなに苦しがってないのでやりませんでした。

一応私ができるようやり方のみ説明してもらいました。

次回実践してみましょうと言うことになったが、taka看護士さんが本日の母さんの様子をichi先生に報告したところ事態は変わりました。





昨日のichi先生の診察時から一夜あけたこの日。

前日よりも呼吸数が少なくなり、昨日より状態は悪くなっていたらしい。

taka看護士さんが帰ったあと数時間して午後ichi先生から私に電話が入った。





まだまだ続くので、続きはまた後日(^^;)

どうも文章がまとまらなくて長くなってしまいます。



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2009年4月13日 (月)

宣告と決意

母さんは無事退院しました。

私も覚悟が決まったのでここに書き残しておこうと思います。

入院し栄養剤の点滴を毎日し、痛み止めのパッチ(3日ごと)と飲み薬(ロキソニン)そして頓服でオプソ10ml使用して2週間。

途中アルブミンを3日ほど点滴した。

2週目くらいからラシックスを1錠追加。

4/9(金曜日)先生と看護士、ソーシャルワーカーとケアマネさんの5人で今後のことについて話し合い。

父は、私に任せるということで参加せず。(母さん命の父には、つらすぎる話し合いだと私も思っていたので不参加には意義を唱えませんでした。)

そして、先生より、今以上の回復はもう無理なこと。

余命がそう長くないであろうこと。

終末期に向け今後家族としてどのようにしていきたいか。

そういった話であった。

父とは以前から最後は家で過ごさせてあげたい。

本人が苦しむだけの延命治療はしないこと。

この2点について、以前から話をしていました。




なので、先生の終末期に向けての質問に、私は家で最期を看取りたいと言いました。

そこから在宅での介護について、簡単な医療行為を私が習得し、訪問診療及び訪問看護を受けることなどが説明され、みなさんに指導いただき先週末の退院の運びとなりました。

一人で立つこともままならない母。

利尿剤等の効果も薄く入院2週目の真ん中あたりから浮腫みが出始め、退院前日看護士さんがシャワーでさっぱりさせてくれたときに見た母の体は全身が浮腫み紙パンツですらきつくなっていた。

我が家に帰るには5階までの階段がある。



退院当日になっても階段上れないよー、帰れないよーと心配する母に、ちゃんと階段を上ってくれる機械のイスを用意してもらったからなーんも心配ないよ~と笑顔で答える。

実は退院3日前ケアマネさんが必死で探してくださり、ヘルパーさん付き階段昇降機を用意してもらえたのです。

退院当日、駆けつけてくれた姉と、在宅で使用する点滴の薬を含め道具一式を渡され荷造りをして病院を後にする。

早めに自宅の駐車場に着いたので、荷物を運んでる間に父と母には散歩しててもらい姉と二人で荷物の運び込みをした。

昇降機が来るまでの15分くらい、桜並木を散策しながら桜吹雪に目を細める母さんをビデオに写した。

時間になりいよいよ階段昇降だ。

緊張して車椅子から乗り移った母さん、怖い顔になってますよangry

後ろ向きに上るので、後からついていく私たちの顔を見ながらゆっくり上っていきます。

時にはピースサインまでだして(笑)

長くなるので、帰宅後のことについてはまた後日・・・


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2009年4月 8日 (水)

つぶやき

そろそろブログ書かなくちゃと思ってるんだけど、先週から今週にかけてちょっといろいろあり、なんとも気持ちの整理がつかず書けませんでした。

今もまだ文章にすることが難しく書けないでいます。

とりあえず、母さんは今週末に退院させることにしました。

家にいるのが一番良いと思ったから。

母さんの退院後、落ち着いてから入院中の出来事を記録の意味も込めて書きたいと思います。

前回記事にした父さんの件は、一応落ち着いてきて今回はなんとか元気回復した感じです。

ご心配かけました。



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